静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 円恵寺

〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 TEL 0544-65-0178
「逍遥」住職のお散歩道
Stroll Diary

「逍遥(しょうよう)
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時  
     橘曙覧

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 久しぶりの月例講話のアップ。今年で3年目を迎え順調に運営できていることに感謝です。静岡県中部布教師会が主催の「月例講話」。会員中、若いお坊さんの布教の場として、時にベテランの説教師や各方面でご活躍の諸先生を招聘して行う、檀信徒対象の研修会。
 これまでの2年間、岩本実相寺境内にある日蓮宗静岡県中部の宗務所2階講堂を拝借して開催してきたが、手狭(聴聞者50人突破!)になったので実相寺の客殿を会場に変更した。
 今月は、富士市伝法の本蔵寺住職、丸茂湛祥お上人。師は、ご自坊の住職の傍ら市立伝法保育園の園長先生として、また仏画を中心にご活躍。あるいは音楽に精通し作曲や自らもフルート演奏者でもある。まだある!長いこと教壇に立ち高校から大学まで、ご専門は国語だったと…。特に、文学や漢詩への造詣が深く、民俗学的な知識も豊富というマルチな方である。今日は「日常生活の正しい仏事について」というタイトルだった。

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 1975年、テレビドラマの劇中歌として当時のアイドルが歌った「虹の架け橋」という曲があった。虹は雨上がりの産物。太陽が水滴を通して屈折してできる光の現象。
 これが縁起の良いこととする場合と、そうでないことに分かれる。例えば、未来への展望を讃えたり、栄光の象徴だったり。反して、亡きものへの追悼の表現として来世や三途の川的な一線だったりと。
 今日は、このところの不安定な天候から垣間見ることのできた、私的には「ラッキー」なこととして伝えたい。それも、こんなに身近に、手の届くような距離で虹を見たことはなかった。専門的なことはよくわからないが、この虹の外側にもう一つの虹(副虹)が見えたことも超ラッキーじゃない?

今年も、お檀家の家々を廻る「お盆棚経」に奔走中!
當山は、一年に二度お檀家を訪問する。このお盆と暮のお荒神払いである。例年のことだが、その年によっていろいろな気づきがあってありがたい。そのお宅の様子をこうして住職が訪れるたびに、家内の人間と接し、あるいはお仏壇と向かいあうことでの発見である。
 「ご先祖さまは見ている」わが子に、こう言い聞かせて子どもは育っていく。説法は、我々の役どころだが、坊さんだけでなく在家も先祖に、また仏祖に代わって縁ある人々に法を伝えることはできるということだ。これが「教化(仏道で教え導く)」の正体なのだから。
 今日嬉しかったのは、東京から孫たちが夏休みでやってきた。おじいちゃんとおばあちゃんと過ごす数日。この子等にとっては、かけがえのない利益りやくとなろう。「多くのご先祖さまは必ずあなた方のことを見ているからね。」

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 夕べ、地区社協主催第2回「夕涼み会 ~お盆を踊る~」が開催された。夕方5時のスタートだったが時間も早いせいか町民の出足は今一つ鈍かった。本番の今日を迎えるまでには、4回の練習をして臨む。「夕涼み会」といっても、その趣旨は『お盆をおどる』という大義がある。

 開会の冒頭、社協の会長さんが挨拶をする、ひきつづいて、この「盆おどり」について私が説明をするという段取りだ。
 そもそも、「お盆」は7月15日に営む。それが、いつの日か盆休暇(昔は藪入りといって働きに出ていた若者が暫しのお暇をもらって帰省できる日)と重なって13日を迎え火、16日に送り火をしてお盆行事を閉じている。そして、肝心なのは自家のご先祖を懇ろに持て成すことは当り前。ここから先が大事、この世の中の有縁無縁の仏さまにも施してこそ、盆行事を全うしたことになるのだ。
 今夏、西日本の豪雨災害で尊いいのちが失われた。その数200を超えたという。その方々のためにも、さらには死者だけでなく、生者すなわち残された人々の魂も鎮めることを祈念して「精一杯おどる」ことを話させていただいた。

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 去年「すす病」という病気にかかって、無残に真っ黒くなってしまった百日紅(さるすべり)が今年復活した。樹皮が成長にともなって剥がれ落ち、するするした状態にあることから、猿も登れないことから親しぐさるすべり゙と呼ばれるというのが和名だそうだ。中国では、長く開花状態がつづくことから百日紅というようだ。 この花は、白色だが一般には紅色が多いようだ。写真の色がやや赤く感じるのは、早朝午前4時過ぎの日の出頃だから。

 さて、今日も猛暑になるそうだが、午前中に法事を2件済ませて夕方から今年第2回目を迎える「お盆を踊る(盆おどり)」なのだ。ご先祖さま、そして有縁無縁の仏、また今夏西日本豪雨災害で命を落とされた方々の冥福もあわせて祈っての行事にしたい。

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 午前3時30分起床。一日の始まり、讃仰富士は毎朝の日課である。
庫裡から本堂へ向かう廊下を往くまでに必ず仰ぐわけだが、滞っていたホームページの更新作業を再開するタイミングが今朝と覚った。

 この二ヵ月は多忙を極めた。普通ならば、それらを話材にして「逍遥」もできたが如何せん余裕がなかった。というより無さ過ぎたと言ってよい。

 私の習慣というか、日課は早朝2時間から長くとも3時間の学習から始まる。
話すためには思量が肝心。そのための「逍遥」なのだから。次に思い浮かべた事柄を理解し把握するために、知識と経験に依存しないという前提で思考あるいは思惟をする。そして筆を下す。厄介なのは書き進めながら修正を同時進行してしまうことだ。筆を下したら一息ひといきに書き上げるのが私流なのだが、途中で何かのタイミングで余計を考えると修正という穴にはまってしまうのだ。

 4月から5月期の依頼は、このような状況に陥り二進も三進も行かないという事態にあったという言い訳。面目ない…。

長らくお待たせしました。
4月早々更新以来、休止状態にありました。今月も相変わらず東奔西走の日々ですが、つとめて筆を取っていきたいと存じます。乞うご期待!

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 残る桜も散る桜…
今年は、全国的に(と言っても桜前線はまだ日本縦断はしていないが)桜日和を楽しんだ。奈良県吉野の桜だけでなく山吹も良いということを聞く。

ほろほろと 山吹散るか 滝の音     芭蕉

西河
二ジコウは吉野川の上流をいうそうで、轟々と落ちる滝の音の中にほろほろとこぼれる山吹の対比が見事に美しい。
全国的にどこにでも自生する山吹だが、数年前に寺庭(お寺の奥方のこと)がわざわざ購入して植えたもの。あたかもそこに随分前からあったかのように溶け込んでいることにまた感動を覚えた。




 春うららかな日和、市内上井出まで所用ででかけた。用事を済ませたのが、昼近くになってのこと。今日は午前中、境内の草むしりを3時間ほどやってから出かけて、午後は夕方から引き続き草取りを続行しようと思っていたので時間に余裕がある。近くには、白糸の滝がある。
 近隣を少しブラブラしていたら、面白いものを発見する。それが写真の場所。この辺は白糸の滝が最も著名なのだが、曽我兄弟の隠れ岩もある。問題?!は、それよりも白糸の滝入口にある三叉路の交差点。以前は信号機があった場所。「信号機が無くなった!」ばかりか、三方にそれぞれ同じ言葉で『ゆずれ』と道路標示されている。私たちが、よく目にしていて自然なのが「止まれ」。ここではじめて眼にしたのが「ゆずれ」。写真左は、三叉路の中央に円形の縁石があって、止まれの三角板表示はない。見通しは良い。あるのは、「ゆずれ」だけなのだ。日曜日、観光シーズンともなれば車の往来はすこぶる多い場所で、非常に気になる、いや個人的には気に入った場所になった。

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 きのうの「春化」つづきで、今日も春真只中を表したい。「休眠打破」は以前にも取り上げたが、休眠状態にある花芽が、ある特定の刺激を受けた時に活動状態に入ることをいう。厳冬に耐えながらもジッと春暖を待ちつづけ、ようやく芽吹くことにこぎつけるという状態だ。春化はサクラにとっては一定期間寒さにさらされる必要があることをいった。
 
 3月5日は啓蟄。旧暦の1月18日であるならば旧暦の3月5日は新暦の4月20日頃をいう。正に昨日の陽気は4月半ばの暖かさだった。寒さが厳しかった分だけ、ここにきて一気に周りは動き出した。「休眠打破」は正直に生命いのちあるものの生き方のバロメーターとも言える。

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 例年よりわずかに早い今年の桜の開花宣言。ただ、安定しない陽気で寒暖の影響も花見を待ち望んでいる人びとにとっては、本日は何よりだろう。

 「春化」という植物の生態がある。ある一定の低温にさらされることによって、開花能力を促進するという状況のこと。桜の中でもポピュラーで、最も桜花らしいソメイヨシノは南方の奄美大島にも生息する。しかし開花予想の対象というのは、この奄美大島や沖縄を除く全国ということになっているそうだ。というのも、この地域では多くがソメイヨシノ以外の品種、つまり緋寒桜が一般的だという。

 今年の冬は例年にない寒さだった。凍える中でも、裸木の桜は幹の中で開花に備えて「春化」を促進しているという神秘的な営みがあることを改めて知った。寒さに耐えるということは、単に我慢をしているだけではない。桜は誰に教わるわけではない。私たちも、この世の中で、苦しんで、もがいてもいい、腐ってもいいから、日常ここで意識の進化をしていきたい。
冬は必ず春となる」のだ。
 

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 春はあけぼの
 やうやう白くなりゆく山際
 すこし明りて紫だちたる
 雲の細くたなびきたる

 長かった冬も、そろそろ終わりを告げて春を迎える今日この頃。久しぶりの春らしい日和、彼岸の入り。朝からお墓参りをする家族の姿があちらこちらにある。彼岸ひがんは向こう岸で、こちら側を此岸しがんという。この此岸をしっかり認識するために彼岸はあるのだ。ご先祖への敬意は、自分自身と向き合うこと。だから世知辛い世の中を生きる自分自身の置かれている「今」を振り返るひとときなのだろう。

 寺所有の土地がある。今回、電力会社の依頼で土地の境界確認のため山に入った。町内でも山道づくりとして例年春を迎えたころ山の道を歩いて環境の変化を確認している。
この寺を継いで6年を経過したが、寺が所有する土地を実際に歩いて確認することは初めてだ。境内ならば当然目が行き届いてはいるが、離れた土地、しかも山林となると私一人じゃとても無理なこと。電力会社の人と、その関係者2名、寺の役員3名、そして私が同行する。電力会社担当の人間と、地元の土地をよく知り尽くした役員の案内で、公図を頼りに道中確認しながらの歩み。電力会社の鉄塔と、その電線が確かに寺の土地に所在した。
 こうして、土地をしっかり確認できたこと、そして何よりも所有者が、その土地を末代のために残した苦労(はなし)と丹精して後継者に継いでいくということの貴重な話しも聞けた一日だった。

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 今日は、午前中の法務(寺の仕事)を終えて、午後から思い立って上野の国立博物館に行ってきた。今、特別展『仁和寺と御室派のみほとけ -天平と真言密教の名宝-』がかかっていて目にしておきたい…。午後3時には覚悟していた長蛇の行列に並ぶこともなくすんなりと入館できた。仏像もさることながら、貴重な文献資料にも触れられた。約3時間かけてゆっくりと拝見できた。
 国立博物館は、上野駅公園口改札から出て公園を横切って寛永寺の並びにある。日曜日もあり、陽気もこの日は暖かく、家族連れが多く目立った。公園中央では、テントの飲食店。また目を引くのが大道芸というのか、パフォーマンス自慢の人たちに群がる人々。手品、曲芸、ダンス、演奏、中でも人気があったのが60前後の男性が、水で地面に素早く描く絵。自由自在に水を操り、見物人のリクエストに応えて何でも上手に表現できる。
この水絵の男性は、一体何処から来て、何を目的でこのようなことをしているのか…それはうかがい知れぬが、言えることは行き交う人たちが一瞬でも「和む」貴重な時を演出してくれているのは間違いない。

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 「雨水」雨水とは、降る雪が雨へと変わり、氷が解け出す頃のこと。日本海側は荒天で人々の暮らしには春はまだまだ遠い中、申し訳なくも、このあたりは日々春を近く感ずる。気温18度の昼下がり、近くの八幡宮まで逍遥する。
 里には、この時期愛でることの多い桜(緋寒桜ヒカンサクラ)が目に飛び込む。茶畑と富士とのコントラストは全くの自然を織りなす。

 巷では、昨年夏の長雨、年明けて寒冷で作物にも大きな影響を及ぼす。ご近所から「お上人さん食べて」とありがたく頂戴する。キャベツ、葉物野菜がすこぶる成長が悪いそうで、それでも「少しばかりで悪いけんど…」と言っていただく。『そのようなことはない。心から有難く頂戴しますよ!!』幾種類の野菜、中でもこの時期の「菜花」は絶妙也。
 

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 平昌オリンピックも折り返して、日本選手の活躍もすばらしい。まだ、大会自体が終わってはいないもののとりわけ際だったているのは、羽生選手と小平選手ではないか。23歳の羽生選手は見事なまでに怪我からの復活をオリンピックという最高の舞台で果たしてくれた。小平選手は、1500と1000に出場し、自身が本命としている500でやっと期待通りの結果を出した。最近、10代という若年層の活躍が目立つ中で、小平選手は31歳という、年齢的にもピークを迎えているだけに何ともいえない歓喜の表彰台での姿が印象的だった。
 このみちや いくたりゆきし われはけふゆく
オリンピックというスポーツ選手にとっては最高の檜舞台で結果を出せるか出せないかは時の運にもよる。ただ、これまでに培った並々ならぬ努力は本人とそれを支えた多くの力があることを、後々私たちは必ず知らされる。

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     天井板張り替えと補強
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         太鼓吊台設置
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    格天井裏補強                        
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  本堂外陣畳廊下天井張り替え完了

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      格天井補修工事完了
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    この明るさ!                               

 連日の本堂内改修工事は順調に進行している。昭和6年の貴重な写真がある。當山沿革は嘉永7年の南海、東海の大地震(実際には安政の大地震といわれている)によって、寺の建物は倒壊。したがってこれ以前の寺の資料は皆無。
 したがって、約160年前の大地震からの復興年代は確かではないが、昭和6年に本堂改修がされていることから考えれば、大地震から76年後の改修ということになる。そして、今年80年ぶりに再び手を入れるのであるから巡り合わせというか、これも因縁であろう。
 近年、東日本、熊本の大地震が発生、東海、東南海、南海の大地震も遠くないと騒がれているが、當山の歴史背景から推測しても、まんざらではないといえる。正に「三界は安きことなし、なお火宅のごとし。衆苦充満して甚だ怖畏すべし」これは、天災を畏怖すべしとのことではないが、我々は恐ろしいものを目の当たりにして、眼を覆い、耳を塞いでもかまわないが、そのことを決して忘れてはならない。大いに畏れて、不安を懐いたならば、そのための備えを怠るなとという御仏の言伝ことづてである。

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昭和6年本堂改修
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智教上人(左)
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落成
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33世日敬上人(中央)
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 日蓮宗の宗務庁舎(宗務院しゅうむいんと呼ぶ)。今日は、来る平成30年度日蓮宗中央檀信徒研修道場のスタッフ打合せ会議での上京。一昨年より、昨年に引き続きその任に就く。
 次年度は、第1回を5月開催、会場はこの富士宮市北山の大本山本門寺。第2回を総本山身延山信徒研修道場で10月に行うことが決定した。

 その宗務院の玄関。いつもと違うこと歴然。おわかりのように自動ドア-開閉と共に左右掌たなごころが、合わさったり、離れたり…。ようするに「合掌」で来訪者をお迎えしてくれる。これは、現在日蓮宗宗門が取り組んでいる運動「合掌」のアプローチであろう。仏教の根本的精神であり、象徴的な所作を我々の日常により深く浸透させよう。そのためには僧も俗も、極めて理解しようではないかとの試みと承る。

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 友人の父親が亡くなって、今日が「荼毘式だびしき」ということで山梨県は甲斐市まで来た。このところの寒さと雪の心配を余所よそに好天に恵まれ、伺うことができて良かった。しかし、ここは零下8℃という極寒! 
 友人は、もちろん寺の住職。そしてお父上はすでに隠居の身。寺には「山門不幸」という御触れが立っている。住職にあった者が亡くなったという知らせだ。僧侶がなくなった時に「遷化された」という。「遷化せんげ」、正式には「遷移化滅せんいけめつ」といい、今生で教え導くことを、今後浄土から行ずることに変わるという、古来中国から普通に使われていた言葉だそうである。そして、今日が「荼毘式」という案内だったが、いわゆる「密葬儀」ということであろう。だから、慌ただしい中ではあるが、まず近親者のみで荼毘に付し、後日世話になった方や知人に「本葬儀」という形で御案内させていただくわけである。
 

 本堂西側の屋根一部補修と堂内天井の張り替え工事が始まった。昭和6年本堂改築工事以降、天井裏を眺めることとなる。目には触れることのない箇所だけに、建物の骨組みの凄さに圧倒される。また、永年屋根裏を掃除することなどなかったから大量の埃と塵に驚いた。
 工期は今月いっぱいということだが、80年ぶりに建物の内部に手を入れること。歴代と先祖が護ってきた法城を今後も末永く後の世に伝えられるよう考えていきたい。

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     むき出しの天井裏
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         風雨に晒されて
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    補修作業中                        
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 先週につづいて、史上最高の寒気団が迫っている中東海地方でも雪が心配である。4年前の降雪で自坊は本堂書院の瓦屋根がけっこう落ちてしまった。普段滅多に雪が降らない地方では悩みの種である。
 さて、今日は身延へ所用があってでかけた。国道は車を走行するには、まったく問題はないが身延の寺域に足を踏み入れると深刻である。特に境内は、明日の節分で多くの人が集まるのでとても迷惑な話しとなる。
 節分の翌日は「立春」を迎える。二十四節気は、立春からはじまり春分、夏至、秋分、冬至を経て大寒で締めくくられる。ゆえに節分は本来一年に四回を数えることとなる。しかし世間では昔より、春を迎える縁起モノとして立春の前日の恒例行事となっている。自坊では、もちろん豆をまいて、勝手口に柊鰯をさらす。最近では、恵方巻きといって巻き寿司を買い求めるようだが、私はそこまではしない。何はともあれ季節とともにある年中行事の意味するところはしっかり押さえていたい。

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 水沢腹く堅し みずさわあつくかたし
大寒の次候。沢の水が厚く張りつめるころのこと。ここにきて本格的な極寒に日本中が震えている。典型的な冬型の気圧配置が停滞し、今朝はこの辺でも氷点下になった所が多い。
 時候の挨拶に「春隣」という、なんとも暖かみのある表現に心も躍る。春はもう少し先だが、かすかな予兆に目を向けては、春の到来に思いを馳せる。
 今朝の訪問者は「ジョウビダキ」という野鳥。「カッカッカッ」の鳴き声が「火焚きひたき」火打ち石のこする音から名づけられたという。春の訪れは何でも大歓迎なのだ。

 富士宮市社会福祉協議会によると、市内には120ヶ所を超える地域「寄り合い処」が存在するという。新年はじめの初寄り合い処を迎えた。昨年、一度お手伝いに伺ったもののなかなか都合がつかずにいた。今日は、スタッフの皆さんが集まる9時頃に出向いた。すでに代表の方(女性)を中心に、てきぱきと準備をはじめていた。
 今日は、久しぶりに陽射しが暖かく感じられるお出かけ日和となったこともあり、ご年配の皆さんも心弾ませて来たに違いない。「おめでとうございます。ことしもよろしく」こんなやりとりが交わされる。
 さて、今月は紙芝居だそうだが、年初めでもあるので「一月一日いちげついちじつ」をみんなで合唱した。そして、先日各地区で催された「どんど焼き」について二、三の方に貴重なお話しを伺った。今年八十八歳を迎える男性は、どんど焼きのルーツについて。また九十二歳の女性は子どもの頃、どんど焼きの火を一晩莚を敷いて火の番よろしく夜を明かして見守ったことが楽しかったことなど心に留めおく懐かしい話しをお聞きできた。

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 本日、待ちに待った『広辞苑』第7版の発売日。およそ10年ぶりの改訂版だそうだ。去年このことを知って予約をしてあった。私と広辞苑の出会いは学生の頃だから、かれこれ40年前の話しとなる。当時、もちろん講義は耳で聞いて、ノートに万年筆もしくは鉛筆で筆記していた頃、4年間を過ごした寮にあった分厚い地引に驚いた。今までに見たこともない代物だったからだ。しかしこれを利用しようとは思わなかった。
 僧侶となり、現場での布教を任せられるようになって自分のボキャブラリーの無さにつくづく悩んだ。そんな時にふと自坊の書棚に目をやると、なんと彼の広辞苑があるではないか。初めての出会いから数年は経っていた。それからである。インターネット上の情報は便利が故にさまざまでいい加減さも多い。その中で、唯一頼れるのが広辞苑だ。「入口は、まず広辞苑から…その上でパソコンも活用していく」。長所は的確で簡潔。しかも調べることばから派生する次の語への移動も、引く者の楽しみを増幅させる。自己所有にしてからは、調べたものには赤を随所に入れる。これも、また一つ征服した証しとして満足の一つとなる。
 第7版は、新しく1万語が追加されたようである。3版から揃っているが、重量があるので書棚の一番下に置かれている。

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 この正月、30年ぶりに友人が訪ねてきた。海外で仕事に就いている彼は、向こうで家庭を持ちビザの書き換えで帰国したという。毎年年賀状は交わしていたが、突然の来訪は嬉しい限りである。両親は、日本に健在だ。2時間程度昔話に花を咲かせた。帰り際、両親に何かあった時は頼むと言い残して帰っていった。
 「朋」とは、友人でありながらある時期共通の志を一にした者同志であると思う。たとえ一時途絶えたとしても「朋」に変わりがないわけで、時間的な問題ではないはずだと信じている。

 翻って、昨年暮れに行き会った「友」も、年が改まって4日目であっても何かしらはにかみながら年頭の挨拶をする、この人たちもいずれ「朋」になる可能性を秘めている。

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 宗祖の御遺文おてがみを拝するに、めでたき初春のことばを表現されているのは二遍。『大田殿許御書』と『清澄寺大衆中』である。新春の慶びは、外にも内にもともどもにめでたきことと仰せになる。
 本日、一月一日は「いちげついちじつ」といい、明治26年に公布された『祝日大祭日唱歌』の一つに収まっている。「年のはじめの、例(ためし)とて 終わりなき世のめでたさに…」お馴染みの曲である。そのつづきの歌詞に「松竹たてて、門ごとに 祝う今日こそ楽しけれ」とある。つまり、天皇の御宇(今上天皇が治める現今)が、終わりなく繁栄しつづけることを願い、私たちは各家々に門松を立ててお祝いをするのは、一年の元日に行う当り前の行事ことなのであるということを謳う。
 天皇の退位が来年までとなった今日ではあるが、明治、大正、昭和と一年の計に日本人こぞって何をもってめでたきこととするかは時代の流れに逆らえないものか、というより、これも時代を検めるあらためる対象の一つとして問いただされたことは認めざるを得なければならないことなのであろう。

妙境山 円恵寺 〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 でんわ 0544-65-0178
TEL 0544-65-0178 / FAX 0544-66-9844
いのちに合掌
〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216
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