静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 円恵寺

〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 TEL 0544-65-0178
「逍遥」住職のお散歩道
Stroll Diary

「逍遥(しょうよう)
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時        橘曙覧

 全日本大学女子選抜駅伝競走大会は、平成16年よりはじまり、平成25年からはを正式略称として「富士山女子駅伝」を名乗る。今年、天候にも恵まれ全7区間43.8キロメートルを選ばれし者が走破していく。富士山本宮浅間大社をスタート、最終の第7区の沿道で小旗を振って選手たちをささやかに励ませた。
 ふと、夏目漱石のロンドン滞在中の『自転車日記』の一説を思い出す。「…人をもよけず馬をも避けず水火をも辞せず驀地に前進するの義あり」。驀地は驀進の類にして「ひたすら真っ直ぐに!」という義なり。
 マドンナたちの活躍を垣間見て、歳末あたりこの一年間を振り返るといささか申し訳ようのない念にかられる。

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 今朝のNHKの話題。「除夜の鐘」と「絵馬」について。ここ最近、年中行事だったり昔からの風習が変わりつつある。除夜の鐘が深夜であるため寺の近隣から苦情があるそうだ。また、寺が人里離れた場所のため鐘を撞きたくとも行くに忍びない。そこで、昼間からたたくことにしたところ大勢の人が押し寄せたとのこと。個人情報流失のため絵馬に保護シールをはるようになった神社がある。
 気配りの寺は、今年は午前10時から撞き始めるらしい。片や願い事を隠してしまった絵馬は神さまがわからないのでは? との問い合わせに、「いえいえ、神さまはすべてお見通しです」といオチまでついた。共に主催者側と対人との間に成り立つこととはいえ、古くから護られてきたことが、こうした「気配り」によって変わっていったならば、何か寂しいばかりでなく恐ろしささえ感じてならないのは私だけなのだろうか…。
 

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 昨日、そして今日、巷ではキリスト誕生を祝う「メリークリスマス」やジングルベルが耳に届く。近年欧米では、この日を祝い歓声を挙げることを控えているようだ。代替えとして「ハッピーホリデー」と掛け合うそうだが。「よい休日を!」と理解する。これは宗教や人種が混在している国柄、論争を避けるための配慮だという。なんでもありの世の中に、定着した生活環境を一変することと年々各種団体が注目していることも事実。この時期、来る1月20日はアメリカ大統領就任式。これを目前にして、神経質になるのも当たり前か…。
 とりわけ我が国においては、変わらず「メリークリスマス」と訳もわからず年の瀬ムードを盛り上げる商店街の雰囲気、これはこれで定着しているからいいのかな。

桜咲く円恵寺の風景

 暮のお檀家廻りの一息。千葉県中山大本山にある日蓮宗大荒行堂に参った。近隣のお寺さんに同行させていただいた。寒水に身を浄め、読経三昧の日々を送ること一百日間。丁度半ばにさしかかる、この日行僧の面会に便乗することができた。
 私自身、荒行には縁がなかったが友人の多くはここに身を投じ、あるいは行を重ねて自身の信仰を磨き、また世間に戻って布教に一層の専念をされる。

 菩提寺の行僧を目にした途端、お檀家は、変わり果てた(髭が伸び、手足のあかぎれ、くすんだ法衣…)その姿に、自ずと手が合わさり、眼には涙が湧いてくる。対面して行僧から「ご苦労さまです!」とか声をかけられる。いい声だ。また、涙が止めどなく流れてくる。「ありがたいね」口々に言う。ここも、絶好なる布教の場かな…。
 

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 師走の風物詩。市内ではまだまだ残っている寺の年中行事です。町でもお坊さんが東奔西走目につく。自坊では、お荒神と王舎城の御札を持参し檀家廻り回向をする。「釜〆」は今はほとんどなくなってしまった竈(かまど)の火を落とし、そのお蔭に荒神札を祀って廻向をすることに意義がある。「王舎城」は法華経を説く王城である、いわば法華の家柄の証を札にしたものを玄関(本来は外に向け)に付す。効用は家を守護するにある。

 こうした、行事の大切さをどう受け取るか?
ここ数年、お檀家からの問い合わせに「お札間に合ってますから…」。もちろん「いやいや、そういうもんじゃない…」と言い聞かせると理解ができる。町を奔走するお坊さんを目に留めた時、何が大切か説ける絶好のチャンスだと思う。

桜咲く円恵寺の風景

 (株)クレインが主催の親から子へ、孫へ「心の伝承&相続セミナー」に行ってきました。場所は沼津駅北プラザヴェルデ。
 主催者クレインは、相続診断士という資格を有した職員が法律に則り、相続に関する相談を的確に応じる業務を展開している。この会社が企画するセミナーに出向いた。私が担当するこの回は、信仰の相続。家の家督を継承するということは、財産だけでなく先祖が護りつづけてきたこと「家徳」を子や孫に伝えることを話させていただいた。

 私たちの生活は、元来すべてが仏教目線であった。遠くには聖徳太子の頃から、人の生き方、社会の在り方の基本には仏さまの教え、仏法が中心にあったのだ。しかし、時代と共に世の中の理屈、世法が優先して仏法が見えにくくなってしまったことに気がつかなければならない。
 

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 巷では、終活問題をアピールすることが目につく。大切なことではあるが、その捉え方に少々疑問をもった私は、今回資料として提示せていただいた『現在帖』を考案した。考案したというほどの内容でもないが、これはもともと自らの寺の檀家を対象に作成したものである。

 実際に中をご覧いただくとわかるが、私自身のこと、家族のこと、ご先祖のこと、覚書として伝えたいことや家族への要望を自分自身の再確認にために行う作業である。その作業とは、無論家族に対して示すいざという時にサッと提示できる内容と、死に際の作法と私は呼ぶものが「臨終行儀」のことである。

死に際の作法
家族のこと
個人記録
桜咲く円恵寺の風景

 見えないけれど、いつでもそこにある。あってこそ当然だと信じているのが私たちの本性である。これに反して「無性」ということばがある。本来あろうはずのものは、そこにはないという人がいる。居場所の定まっていない状況が本当かもしれないということ。

 幕末の三舟、山岡鉄舟の詠んだ歌。鉄舟は駿府において西郷隆盛と談判をした結果が江戸城無血開城に結びつくということだが。
 鉄舟は、無刀流の開祖であることも有名。鉄舟は剣の奥義を極めたが。これは、剣によって悟りを得たことになろう。「本当の自分を決して見失わない」という了見がイイ感じ。
 

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 日蓮宗静岡県中部宗務所は、10年ほど前に霊跡本山岩本実相寺境内に建てられた。県内は御殿場、沼津、富士、富士宮、静岡、焼津、藤枝、島田の本宗180余ヶ寺を有する宗務行政の統括事務所。
ここに、月例講話を主催する布教師会がある。布教師会は本宗僧侶が体得した現代布教法をもって広く布教の現場で実践をする研修機関である。今年5月より新企画として宗務所を会場に檀信徒対象の研修の場「月例講話」が開設されている。
参加者は、熱心に聴聞し、説教聴聞後には茶話会があり説教を聞いての質問や日頃から仏事その他での疑問に対し対応をしている。

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 12月の担当は、清水妙蓮寺の笠井恒明師。30代半ばの青年僧侶。笠井師は自坊のお師匠さんを支えながら、宗門の役職も担う現在i活躍中のお坊さんです。今回は、『更賜寿命(きょうしじゅみょう)』。
 妙法蓮華経如来寿量品の文中「願わくは救療せられて更に寿命を賜え」を解釈する。故に、笠井師はお釈迦さまの「久遠のいのち」を示し、私たちは今生いかされているのは、【良医治子の譬え】を用い良薬こそ、お釈迦さまの教えの通りに生きていくこと、すまわちこれをもって「いのちを賜わる」とする。そして、いただいたいのちの教えは有縁無縁の多くに伝えることが大切だとした。

町内で檀家の高山酒店のおやじさんから写真の行燈(あんどん)をいただいた。氏は何でも手作りが好きで、お店の外も中も自らの趣向で手を入れている。寺の大玄関に置いた。雰囲気のいいものである。恐縮です。

西洋近代化の波が激しかった昭和初期、谷崎潤一郎は「陰翳礼讃」を発表した。日本の奥ゆかしい情緒を訴えた。

陰翳とは光が遮られてできる味わのある影。礼讃は仏を敬い讃えること。ちょっとした光線の加減で御宝前(仏さまの定位置)が映えることをご存知か。威厳と慈悲を兼備した御仏は何ともいえない。自然に手が合わさる。

行燈
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わたりどの(渡殿)

宗祖のお言葉に「霊山にましまして、艮の廊にて尋ねさせ給へ…」よく聞くことば。引導教訣文に用いられるので、耳に馴染んでおられるのでは。この「廊」と書いて「わたりどの(渡殿)」つまり、屋敷と屋敷ををつなぐ廊下のことをいう。

前にも申し上げたが、「逍遥」とは気ままに歩く中でいろいろなことを見て感じて受けとめることであり、回廊や歩廊などの実際にあるくところもその類であることだった。

日蓮聖人の「わたりどの」の「廊」は、この世と向こう側(本宗は霊山浄土と呼ぶ)のつなぐところ、故人が向かう道程とも受け取れる。

桜咲く円恵寺の風景

「逍遥」は、日常を気ままに楽しむこと。聞こえる音も、見えるものも受けとめ方で刺激になる。逍遥に魅せられた人。坪内逍遥や武田逍遥信廉(のぶかど)も、その一人。何にも囚われない自適な生活を楽しむことができたらどんなにいいだろう。

ぺパトリスはギリシャ語で「散歩道」のこと。どこかに、そんな洒落たレストランでもありそうな…。そして、逍遥は駅舎のプラットホームや、なんと寺に廻らされている回廊のことでもある。法隆寺や薬師寺のような広い境内を往来する屋根付の廊下、これも立派な伽藍と呼べよう。地方の一寺院にある本堂を廻らす廊下の方が本来の逍遥の意味からして、ここを行ったり来たりすることで世法から脱却する場所としては遣い勝手がいいかもしれない。


毎日変わる富士山の顔

田子の浦ゆ うち出てみれば真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける     山部赤人

山部赤人万葉集に詠んだ歌。古今和歌集との比較も面白が、万葉集にいう「ゆ」の意味を知ってからか霊峰富士の観方が注意深くなった気がする。
これにいう「ゆ」は助詞の一類で、体現となる語の後にくるもの。つまり、田子の浦を通って、少し離れて見たならば「なんとも云えぬ絶景かな!」ということだ。ここは、寺から徒歩10分ほどの西山本門寺に至るポイントです。


浅間神社でランチ

ようやく、9月にやったアキレス腱断裂のギブスが取れました。お世話になった!
いよいよホームページを公開しようと、「逍遥」しまくろうと考えていたが…情けない。ギブスが取れたといっても、まだ装具と呼ばれる足首が曲がらない歩行用具を装着しているので、いわゆるカカト歩きです。

「逍遥」して気がつくことを綴ろうと思ってました。しかし、こういう状況でも、ある意味逍遥的な思考ができることも解りましたの、これでいいとします。

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いのちに合掌
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