静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 円恵寺

〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 TEL 0544-65-0178
「逍遥」住職のお散歩道
Stroll Diary

「逍遥(しょうよう)
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時        橘曙覧

 が咲いて、が咲く、そして桜…。どうも梅と桃の区別がつきにくい。梅の特徴として、花芽は枝に直接つき、花が終わってから葉が出る。桃は葉と花が同時に咲き、同じ場所から二つの花が咲くという。
 街路樹としても人気なのが木蓮、と思いきやこぶしだった。なんてことが度々ある。何れも同じ時期に目にする花木なのでややこしい。そして、余計な話しになるが、我々が着用する袈裟に「木欄」という彩色がある。中国渡来の木欄の樹脂を染料として染めたものなのだが、実は「木蓮」と「木欄」は同一種、つまり同じモノだったということを恥ずかしながら近年知ったのだ。見た目がランに似ていたので木欄と呼んでいたものが、ある時期からランよりもハスに似ていることで木蓮に変わったというが、何かすこしいい加減ではないか。

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 大相撲春場所は昨日が千秋楽。誰もが劇的な逆転勝利に酔いしれたことだろう。西の横綱稀勢の里は、上腕二頭筋の筋肉損傷で全治三か月という状況ありながらも、逆転優勝を飾った。新横綱の2場所連続優勝は22年ぶりということ。同勝の照ノ富士関との本割と優勝決定戦、どちらも見事な一番だったと思う。先場所で横綱に昇進し、久しぶりの日本人横綱に喜び、今回は横綱の意地にかけての土俵際。父親は「これで名実ともに横綱となれたのでは…」と語った。誰もがそう思った瞬間だった。

 稀勢の里は、インタビューで「見えない力を感じた15日間だった」と言った。見えない力とは何を指して言うのだろうか。インタビューでも言っているが、多くの人たちの支えがあったこと、会場のお客さんの声援の後押しも、もちろんあったろう。しかしその威力、見えない力とは正に稀勢の里自身に宿った「自信」以外の何ものでもないのだ。これまで、なかなか優勝できなかった弱さを払拭し、綱を取ってからの貫録が、それを物語るように感じてならない。横綱の風格を全面に表すことのできる関取に成長した力士はそうはいないだろう。

ひょっとしたら稀勢の里自身、自分自身の成長にまだ気がついていないのかもしれない。

 イギリスの音楽家エドワード・エルガー作曲、管弦楽のための行進曲第1番「Land of Hope and Grory」はイギリスの第二の国家といわれるほど国民に愛されている曲である。訳すと「希望と栄光の国」ということだ。この、中間部の旋律は我々日本人にもよく耳に馴染んだ旋律なのである。エルガーは、アメリカのイェ―ル大学に学び1905年音楽博士号を取得する。これを機に同大学で卒業生入場のBGMとして使用され広まっていった。
 昨日は、都内九段にある某施設で卒業式に参列した。そこで、晴れて卒業する学生諸子は希望と栄光に満ち満ちた笑顔で臨んでいた。

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 東名高速道パーキングエリアでのこと。穏やかな駿河湾を前に、父親が幼児に「海には沢山のお魚がいるんだよ」すると「〇〇ちゃん、おさかなさん大好き」。
  お米は人につくられる
  牛は牧場で飼(か)われてる
  鯉(こい)もお池で麩(ふ)を貰(もら)う 
 
 けれども海のおさかなは
  なんにも世話にならないし
  いたずら一つしないのに
  こうして私(わたし)に食べられる  
  
ほんとに魚はかわいそう
         金子みすゞ『おさかな』より

 金子みすゞの豊かな洞察力は、温かで、時に憐れみにあふれんばかりの情緒がある。春の海を見るにつけ、父親は我が子に「海」のおはなしを沢山してほしい。

 

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 富士身延鉄道は、大正9年(1920)に富士、身延間を開通。1928年には甲府まで全通する。全線開通の10年後には鉄道省(のちの国鉄)に借り上げられ、昭和16年(1941)には国有化となった。

「身延線鉄道唱歌」
1番~4番省略
5.三大急流富士川に 沿っていきます芝川
  筍梅の産地なり 水とみどりに富めるまち
6.戦国武将信長公 首塚西山本門寺
  平家の若武者維盛の お墓が稲子の奥にあり

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 「中日」今日は正しく、彼岸のお中日その日。が付くか付かないなかで意味がさまざまに取れるのが日本語のややこしいところであって奥が深いことでもある。
 そもそも、春分の日は、国民の祝日であると同時に「お中日」という彼岸行事の教えがそこにあることを多くの人は知らないで過ごすことの何とも愚かなことかな。テレビで堂々と「今日はお彼岸の中日(なかび)です」驚いた。アナウンサーは彼岸「お中日」に賑わう都内の霊園の様子を伝えているのだ。いいのかな、そして情けない…。
 「中日」は、「中日(なかび)」と書いて、その催しの真ん中の日を指す。また、中部地域の方々にとっての「中日」の文字は、無論「中日ドラゴンズ」意外に他はない。さらに新聞を開くと「中日」は難しい「中国と日本の関係」をいうのだ。
 面倒くさいが、そこが思案のしどころか。これも、裏山の歩道を逍遥してしぼり出す覚りなのである。
 
 

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 このコーナーの呼称は「逍遥」ということで親しんでいるが、歩きながら思考を深める逍遥学派に注目したことで、これを設けたわけなのであったのだが。
 また、逍遥学派の生みの親アリストテレスはアテネ東部にあるリュケイオンの神殿跡地に学校を建てた。その歩廊を歩きながら学んだとされることから、「逍遥」とは単なる散歩に終わらない大切な学問の仕方として伝わっている。翻って歩廊をペリパトス(peripaos)という。
 この歩廊転じて、寺の建物をつなぐ外廊下や本堂に廻らされている回廊などもペリパトスの類である。確かに、自己を見つめ、さまざまに想いを廻らすには格好の場であろう。
 さらには、逍遥ペリパトスを発展的解釈すると、遊歩道、駅のプラットホームもその内という。

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 今年も彼岸が巡ってきた。すなわち、春分(秋分も)には太陽が真東から登って、真西に沈むところから、その場所をさとりの世界とした。梵語でparamita(パラミタ)すなわち波羅密多「彼岸」のことである。正確には「到彼岸」であり、向こうの岸に到達することを目的とするのである。ここで大切なのが、では彼岸に入る者は、今どこにいるか…。そう此岸というこちら側なのだ。要は、この七日間で心を彼岸に持って行こう!ということが大切なのである。
 梅がほころび、桃がこぼれて、桜の開花を待つ間に、この春彼岸には間に合わなかった菜の花が待ち遠しい。そして、気が早いと言われてしまうが秋の彼岸花。北原白秋「曼珠沙華(ひがんばな)」、赤い花なら曼珠沙華の「長崎物語」、そして山口百恵の「曼珠沙華」と。なぜか、寂しくて、妖しい気な内容の歌が多い。

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 平成23年3月11日午後2時46分に発生した東北地方太平洋沖地震。多くの犠牲者の御霊の安らかならんことを念じて、寺の者と同時同刻、本堂で回向をさせていただいた。
 未だに津波によって行方の知れずの方々、最愛の肉親を失い仮設住宅でひっそりと時が止まったかのように過ごされている方もいらっしゃる。阪神淡路の震災もそうであったように、亡き御霊の「鎮魂(御魂鎮め:みたましずめ)」は、人間らしい死に方ができなかった方にとって懇ろにしてさしあげられる供養の形態といえよう。
 そして、今日を機に被災された、難を逃れて一命を取り留めた方々の心の安心(あんじん)を祈念していきたい。今までも祈願の御回向はしていたが、「人の一生」とは何であるか…。昨日、我々内々の研修でのこと。 ―「人の一生」は人間が今生で生かされた「半生(はんせい)」と人生を終えてからの「後生(ごしょう)」を足して、はじめて人間の一生を終えたといえる― つまり、生きてこの世での精進と、亡くなってからの50年に及ぶ霊山での経行(五十回忌)をつとめ上げるということである。ならば、亡き人の回向も大切なことであるが、残された人たちの今生での魂も鎮めてこそ復興への一助となろうが難しい。…でも祈って止まない。

4日六代目桂文枝師匠が、芸能活動50周年を記念して「半世紀落語会」を催した。文枝師匠の半生を吐露する高座となったことは言うまでもない。
その高座で、ゲストとして顔を出したのが桂歌麿師匠だった。昨年長年つとめた長寿番組「笑点」の司会を勇退したその後、あまり体調が優れない様子が伝えられていただけに上方まで趣かれたことはよほどのこと。呼吸器をつけての登高座だった。文枝師匠でさえ、ステージの袖で「その有難さにや、申し訳なさに涙が止まらなかった…」と語る。こういう姿をさらしてまでも高座をつとめるということは、それなりの覚悟をしてのこと。文枝師匠が涙を堪えられなかったのは、歌丸師匠のそうした芸道に対する精進(生き様)ゆえ、栄えある高座に頭が下がったのではと察する。演目は10分あまりの四方山話だったそうだ。

桜咲く円恵寺の風景

 啓蟄は七十二候の次候「桃はじめて笑う」
花が咲くことを「花が笑う」ともいう。いい表現だ。庭先の春を日毎楽しめる今日この頃。桜や木蓮の枝先にも開花を間近にして「樹精」が蓄えられている。「樹精」とは樹木に宿るエネルギーをいう。
 「樹精」について、こういう解釈も可能になる。大富豪のスダッダは身寄りのない者に施しをしていた「給孤独長者」。お釈迦さまに帰依しジェーダの森「祇陀樹」に精舎を建てた。これを「祇給孤独園舎」と呼んだ。略して『祇園精舎』である。
現代、この「樹精」ということばは、〇〇堂の育毛剤、イオン精製水、アニメキャラクター、果ては命名etcに利用されている。

 今日は云わずと知れた「ひな祭」とカレンダーに印刷されている。正確には「上巳桃の節句」という。古代中国から日本に伝わった習わしが、形を変えて今に残っているもの。
今日の『逍遥』には、「ムッシュかまやつ」をどうしても取り上げたかったので、桃の節句詳細は又の機会に。

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 ウエスタンやカントリーミュージックを経て、ロック!そしてGS(グルーサウンズ)時代の寵児。1959年生まれの私は、ザスパイダースに釘づけだっだ。リーダーの田辺昭知はじめ、井上堯之、大野克夫、井上順に堺正章にムッシュことかまやつひろし。ブルコメとスパイダースがGSのさきがけともいうべき存在だった。そのあと1960年代半ばは弟分のザタイガース、テンプターズ、ザカーナビーツなどが続いて全盛期を迎えた。そんな中でも、スパイダースはツインボーカルの順ちゃんとマチャアキの愛嬌と、GS時代が終わっても井上堯之、大野克夫はそれぞれに独立し、その世界で名を馳せる。もちろん井上順と堺は歌やドラマでも活躍する。
 かまやつひろしは、その風貌も独特でスパイダースにのめりこんだのもムッシュの存在があったからだ。音楽業界では人望もあり、若い世代からも慕われていた。3月1日膵癌で逝ってしまったが、今朝のニュースで奥さんも、その一週間前に亡くなっていたことを知った。昨日見た時点でウィキペディアにはそれに関する内容は掲載されていなかったはず。

桜咲く円恵寺の風景

 昨日、富士市は田子の浦港隣接の「田子の浦みなと公園」に足を延ばした。
田子の浦ゆ うち出でて見れば真白にぞ 富士の高嶺に雪は降りける
山部赤人が詠んだ詩。この「田子の浦ゆ…」の「ゆ」があるために詠みにくい方も多いのでは。しかしこの「ゆ」があるから世界遺産の意義も際立つものと理解をした。「ゆ」は~を通って眺めると、いうことで富士の山が一層すばらしく見えることを強調できるのである。なるほど!構成遺産としての富士山、どこから見ても、また周囲の富士山を中心とした人々の暮らしと文化、信仰もすべてが霊峰を仰ぐことに集中していることは誠に尊いことと信じて疑いない。

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田子の浦みなと公園全景
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太平洋を望む
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公園内  赤人の歌碑
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 「春はあけぼの やうやう白くなりゆく山際 少しあかりて紫だちたる雲の細くたなびきたる」
 
 「朝ぼらけ」は、「朝おぼろあけ」からはじまり、朝がおぼろに明けるということだそうな。
 春夏秋冬変わりなく、起床は午前4時前には整う。湯を沸かし、書斎で寺務を執る。時に本を読み、書き物もする。朝の三宝給仕は午前6時半頃と決めているので、正味2時間は集中して机に迎える時間帯だ。
また、朝は仕事がはかどり、頭も冴えていて思考をめぐらすには絶好なのである。
そんな中、窓の外がゆっくりと白んでくる。世間が白河夜船でいる時から、この明け方が私にとって一番の至福の時かもしれない。

妙境山 円恵寺 〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 でんわ 0544-65-0178
TEL 0544-65-0178 / FAX 0544-66-9844
いのちに合掌
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