静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 円恵寺

〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 TEL 0544-65-0178
「逍遥」住職のお散歩道
Stroll Diary

「逍遥(しょうよう)
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時        橘曙覧

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 立春(今年は2月4日)から数えて88日目が5月2日、すなわち「八十八夜」を迎える。写真は富士市内某所の茶畑。
 静岡県の公式ホームページには、「ふじのくに『茶の都しずおか』憲章」が謳われている。
一、お茶の文化を守り育てましょう
一、お茶の産業を一層発展させましょう
一、お茶の機能を学んで健康になりましょう
一、お茶を通しておもてなしの心を育みましょう
一、お茶を通して平和な社会を築きましょう

 私たち県民にとって、お茶の受けとめ方としては、わかりやすくとても良いことだと思った。また、憲章の最後にこうある。
 「ふじのくに茶の都しずおかに住む我々は、五ヶ条を心にとどめ、毎日ありがたくお茶をいただきます」この五ヶ条を知ったならば、「おいしく」ではなく、「ありがたく」頂戴をする。この「ありがたく」ということばが実にふさわしいと感じたのであった。

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 昨日のこと。静岡県仏教会、静岡県遺族会、静岡県戦災遺族会共催の「静岡県戦没者戦災死者慰霊法要」が、静岡市護国神社境内、慰霊標前で営まれた。屋外での催しにもかかわらず県内外から多くの参列者が集った。小生も芝川地区仏教会長という立場で出座させていただいた。
 最近、強く感じること。死者を悼み供養することとは、亡き霊に対する敬虔な祈りなのだが、私たちの、この祈りはこれに終わってはならないことを痛切に願う。というのも、先の大戦は72年前のことで、近年は自然災害によって多くのいのちが失われた。この現実に、私たち宗教者は亡き霊に回向する当り前と、残された者への供養、すなわち両者への供養が必要であることを改めて知った。
 「鎮魂」とは、死者の魂を慰めることと、同時に生者の魂が身体から抜けてしまわないよう、繋ぎとめるために魂を鎮(しず)めることをいうのだ。したがって、仏教の本質である正しい人間の生き方を説くということは、生きている人間のためにあるということの大前提なのである。

 さまざまなこと思い出す桜かな      芭蕉
今年の桜は、例年になく遅咲きになった。昨日日曜日は春らしい暖かな花見日和であったようだ。私も、法事を済ませて今年の桜を見納めしようかと思い立った時だった…。知人の訃報が入った。今朝も元気だった人が忽然と逝ってしまう。人の一生はなんとあっけないことか。
 古くから「櫻(さくら)」は、日本人が心を寄せる花の代表的存在上位にある。また、我が半生を振り返った時、必ず桜を通しての出会いと別れ、そして新しい門出が多くあるようだ。

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 市内大中里から中島町のさしかかる身延線の踏切で電車通過待ちの間、「飢渇踏切」という文字にドキッとして目がとまる。沿道には「潤井川」が流れていることは知っていた。潤う川に対して、飢渇の踏切とは面白い組み合わせなのである。
 潤井川は、富士宮市と富士市を流れる富士川水系の一級河川。源は上井出付近らしく、大中里あたりから複数の川が合流し水量が増していくということだ。そして、なぜこの踏切が「飢渇」と呼ばれるか、それはこの踏切の位置する場所こそ、その昔「飢渇川」と呼ばれる涸沢(からさわ)だったのだ。だからこの場所のある踏切に「飢渇(きかつ)」という命名をしたのだろう。私的には「飢渇」という飢えに苦しむより、「枯渇(こかつ)」水が枯れるてしまう的な文字の方が優しい感じがしてならないのだが…。余計なことか…。

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 静岡県中部布教師会主催「月例講話」今年度最終回。28年度新企画として昨年5月より始めた会。毎月第2木曜日午後2時から4時までの時間帯。1回平均30名ほどの聴聞者で延べ320~350人くらいには達したとのこと。会場が富士市岩本、日蓮宗霊跡本山実相寺ということで、あまり交通の便は良くない場所にもかかわらず大勢の方にお越しいただいたことは有難いことと存ずる。
 
 1年間を通じ、12回に亘り学んだこと。聞いて下さる方々はもちろんのこと、お話しさせていただく側の担当者も良い機会であったと思う。12人の担当者の内、30、40代の青年僧侶が大半。中にははじめてお檀家以外の方にお話しをするということで、事前の準備に時間をかけ、当日は緊張の中で役目をつとめた者が何人かいた。
 
 我々は、歩いていても、立ち止まっても、座っても、寝ている時でも、常に片時も布教道に身を置かなければならない覚悟を持つのが出家の証ということを教わる。改めて心に留めた一年間であった。

 宗祖日蓮聖人は、弘安5年(1282)10月13日辰の刻(午前8時頃)、61歳で御入滅(臨終)された霊跡がここ東京都大田区池上本門寺です。お釈迦さまは、八十歳にして拘尸那竭羅(クシナガラ)の跋提河(ばつだいが)のほとり、沙羅双樹(さらそうじゅ)のもとで入滅されました。その時の様子が沙羅双樹(さらそうじゅ)が枯れて鶴のように白くなったという伝説から「鶴林の地」と呼ぶ。転じて、池上を宗祖鶴林の霊地と称す。
 今日は、宗門の脇にある日蓮宗の庁舎「日蓮宗宗務院(にちれんしゅうしゅうむいん)」に出かけた。今年も昨年に引き続きお手伝いさせていただく中央檀信徒研修道場スタッフの打合せ会議のための上京。午後1時からの会議のため、余裕があったので先に本門寺を参った。昼時もあってか参詣者は少なかったが久しぶりのポカポカ陽気でコートはもちろん上着も脱ぎたいくらいの陽気であった。

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池上本門寺総門から此経難持坂を望む
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日蓮宗宗務院
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本門寺境内
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 市内大中里を流れる潤井川(うるいがわ)に沿って市民憩いの場がある。ここは、健康維持のため日中は多くの老若男女がウォ―キングやジョギングに興じる。また陽気がいい時期には幼い子を連れたママ友たちがお弁当持参でランチを楽しんだりもしている。
 このところようやく暖かくなってきたのものの、まだ風は冷ややかである。しかしウォ―キングなどの軽スポーツには格好の日和。これら軽スポーツは有酸素運動として親しまれている。体内の脂肪、糖質、酸素などを適度に消費する運動として1967年アメリカで心肺機能を改善するプログラム「AEROBICS(エアロビクス)」として日本にはじめて紹介された。
 一般的には、「身体にある程度以上の負荷をかけながら、ある程度長い間継続して行う運動」はすべて有酸素運動とみなすことができるという。アメリカから紹介されるまでもなく、日本人も古くから「歩くことは健康の源」としていたことは否めない。

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 「花を看るに 須く看花の眼を具すべし」
鎌倉後期の京都建仁寺の僧、別源円旨(べつげんえんし)『南遊東帰集』の一節。花の観方について詠む。盛花もよいが、蕾をつける梢を見上げるもいい。また散ってしまった庭を眺めることもいいものだという。本当の花を観る良し悪しは、老いてからの「看花眼(かんかげん)」を持った時だという。つまり若い時に見た桜と、人生経験を重ねて見る桜では看る眼が変わってくるということか。

 昨日あたりは、あちこちで「花見」や「春まつり」等のイベントがあったことだろう。確か、今年は未だ彼岸花も目にしていない。天候は我々の日常思惑通りにはいかないものだ。

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いのちに合掌
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