静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 円恵寺

〒419-0314 静岡県富士宮市大久保216 TEL 0544-65-0178
「逍遥」住職のお散歩道
Stroll Diary

「逍遥(しょうよう)
たのしみは空暖(あたた)かにうち晴れし 春秋の日に出でありく時        橘曙覧

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 昨日、富士市内伝法小学校へ招かれた。文科省の取り組みで全国的に展開しているコミュニティ-スクール、市内ではまだ2校(小学校)が実施しているとのこと。学校を取り巻きである地域に生きる人々が率先して児童に対し働きかける仕組みのことである。
 今回は、そのデレクターという役割を担っている友人からの依頼で引きうけた。約100名の第6学年の児童を前に話しをさせていただいた。みんな、よく聞く姿勢を持っていた。話しの内容は、現代社会の失われつつあること、昔と今を比較し知っていて決して損はないことなど、60分間にわたり話した。質問もあった。お坊さんを前にして、最初は異物を見るかのごとくであったが、その眼には興味津々、探究心の色がありありだった。充実した一時を過ごさせていただいた。南無、ナ~ム!!

 蓮の特徴は、花芽を付けた時には、すでに実も宿す「華果同時」なる特性がある。汚泥の中にあっても、その身は穢れなく、必ず美しい大輪の花を咲かせる。混沌とした世の中でも、強く生きるという御仏の教えの象徴になっていることは周知のとおり。
 仏教寺院には、必ずといってよいお堂の正面には「常華(じょうか)」とよぶ木製の蓮の華が供えられ、仏像の多くもまた蓮華の台(うてな)に坐している。
 明日は、富士市の母校(小学校)でコミニュティ-スクールの一環として「地元に生きる人たち」という立場から、貴重な時間をいただきお話しをさせていただくことになっている。高学年ということだが、立場上この身の上をいかに理解してもらうか…。

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蓮華(ハス)の花弁
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花弁が散ると中には…
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おまけ(泰然自若!)

 午前5時5分。本日静岡県の日の出平均時間は、午前4時34分。この辺は山の向こう側が明るくなってくるのはもう少し後という具合。このところ空は皐月の村雲かかり青雲さだまりなき空模様という感じ。朝、境内を散策して気がついた。5月にアップした1付の「春爛漫」で紹介の花筏の実がなっていた。こんな感じに黒い直径6~8㎜程度の丸い形状の実。

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 寺の参道は地域住民の行き来する公共道路である。寺の下には公民館があってここに足を運ぶ人、道を歩く人それぞれが手を合わせ寺(こちら)に向かって遥拝して下さる。
 私も毎日、勤行のあと諸天善神、日天子、富士山、内仏等に手を合わす。特に富士山にあっては、その日見えても見えなくとも必ず手を合わす。
 こうした、対象物に対してはもちろんのこと、事情によってはそこに行けないことも多々ある。そこで、そのような方々にお勧めするのが「遥拝(ようはい)」である。心を遥か遠いところに向けて届けることをいうが、日々のこころがけを伴って行う信行なのである。南無

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 先日、テレビで耳にした言葉「不便益(ふべんえき)」。生活や生き方に不便を感じること多々あるが、実はそこにとってもいいこと、ありがたいこと、尊いことが存在しているというのだ。
 世の中は、果てしなく進化していく。考えることや、耐えること、よく見ることを飛び越えて、つまり今手にしていることは本当に良いことなのか…。当り前になった携帯電話。23になる息子は置き電話を知らない。明日でなければ連絡を取れないことが、今すぐできる。待つという時間には、不便な中にもさまざまなやりとりだったり、思慮すべき時間帯が赦されるのであったはずだ。「忖度」などといういい加減な体質に振りまわされることも決してなかった。不便なことから得することは多くあるものだと察する。

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 天候に恵まれ、今日は日柄もよろしいというこで墓地の「開眼供養」の依頼があった。まだ、ご先祖である御霊はいないが、お施主さんの意向で生前中に墓地を建立したいとのことであった。
 仏式には「かいげん」といい新しいモノに魂を吹き込むこと。社会的には「かいがん」と呼んで、心の眼が開くことをいう。仏教的というよりは、慣習として社寺の僧や神主がお経あるいは祝詞(のりと)を読み、モノに魂を宿すことで、その家の繁栄や家族一統が身体健全にして年中安泰であることを祈念する。
 本日のお宅は、生前に墓地を求め、供養の妙塔を建立すること、すなわち善根功徳を施したことと拝察する。南無

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 関東、東海地方は梅雨入りしたものの雨が少ないようである。今日も朝から清々しい日和。近隣の田畑から聞こえてくるのは蛙の大合唱。夕べは騒騒しくさえ感じた。この季節、夜間など雨が落ちていると、沿道の田んぼから蛙が道路に飛び出してくるのがヘッドライトに映る。思わずブレーキを踏みがちになる。
 卵からかえって、お玉じゃくしになり、やがて手足が出て、完成された体型に落ち着く。境内のあちらこちらに現れる。この蛙も、カメラを向けた時は蓮の葉の上にいたのだがカメラを近づけるとサッと地上に降りた。私は、この蛙がジッとかしこまっている姿が妙に好きだ。この完成された形状もさることながら、クリっとした目でどこかを見つめてはいるようだが…それはわからない。でも、一つのいのちの在り方を強く感じるのである。 

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 たのしみは朝おきいでゝ昨日まで無りし花の咲ける見る時      
今朝、午前4時頃から開き始めました。他の鉢のモノも花芽をつけているモノが目立ってきています。これから、毎日の水やりと見守りが日課となります。
 寺に参る人は限られた方が多いのですが、この蓮のことを知ってか、この時期訪ねてくる方が増えました。寺の下の道路を往来する人、ゲートボールに興じている人、小学生たち気にして下さることありがたく受けとめさせていただきます。

 写真の向こうに見える、赤い実の植物は柘榴(ざくろ)です。寺の本堂にお祀りしている「鬼子母神」が手にしているのがこの実です。「鬼子母神」は子育て、子孫繁栄の神様です。手にしている柘榴は、実の中にさらに多くの実をもっており、その一粒一粒に種を持っていることから丈夫な赤子を授かるようにとの願いが込められています。

 昨日、静岡県中部檀信徒協議会総会が清水駅南清水テルサにおいて開催された。会議中、「宗祖降誕800年」企画委員会発足の経緯と来る平成33年の正当に向けた進捗状況を話すということでお邪魔した。つまり「降誕」は宗祖の誕生であること。そして、それは「再来」であるということ。再来はその時の状況に戻す。還るという解釈でいいと。駿河地域は、宗祖在世からの法華信仰継承の殿堂である。これらの認識を、管内180余ヶ寺の代表(護持会長と呼ぶ)に理解を求めたい。そのためには、私たちが、改めて宗祖が認められた駿河の門人であることに帰す。これに尽きると存念する。
 後半は、研修として全国檀信徒協議会長、池上本門寺総代 池上幸保氏による「檀信徒協議会の果たす役割」との講演を拝聴した。

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 「聞く」ということは、どこからともなく音が入ってくる場合と、自らが聞く耳を以って聞き入れる場合とに分かれる。「法門は毛孔より入って遠く菩提の縁となる」とは、御仏の教えは難しい、しかし解らぬとも毛穴から入って身体に訊いている。いずれいつの日か、何かのタイミングで、我が己心にスーッと湧き出でて「うん、そうだ!」と合点のいく時が必ず来る。
 「聞薫習」、毎日の生活の中で、様々なことを漂う香りのごとく身に沁み込むようすをいう。それは自分自身が体得して蓄積されることとは違い、生活習慣的な見て、聞いて、心に従って自然に具わっていく心の状態をいう。だから、無駄な日は決して一日もないということになる。

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 今日は、横浜にある霊園で叔父の13回忌の回向を家族と共に行った。叔父には娘が二人。その家族と叔母の10名ほどの参列だった。年回法要は家族と親戚を中心に執り行うが、叔母は私の母親の妹にあたる。実家は静岡の沼津。叔父も静岡の人であったが、仕事の都合で横浜に居ついた。したがって、13回忌は年老いた兄弟を招くことも難しく、それでいてささやかにも心の籠った年忌法要であった。
 自宅の仏壇で手を合わせ、霊園に向かう車中で叔父の孫たちの会話が聞こえてくる。生前の叔父のはなし。墓前でも、月の命日には娘たちはもちろん孫たちも来れる時には同行するということを聞いた。一番小さな孫も今年高校受験。今日は英験を済ませて途中から合流した。お斎の席は個人が好きだった「うなぎ」で盛り上がる。先祖のはなしに時間を忘れる。孫たちもおじいさんのはなしに聞き入る。有意義な一時である。

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いのちに合掌
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