長福山妙覚寺 静岡県富士宮市 | 日蓮宗 妙境山 圓恵寺

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長福山妙覚寺

長福山 妙覚寺(静岡県富士市伝法)

延宝7年(1679)12月、身延31世一円院日脱を開山とし、玄通院日雲を開基として堂宇が建立されたのにはじまる。その後、およそ200年のあいだ法灯を伝えてきていたが、のち久しく住職がいない状態が続いた。そのため、明治17年(1884)の秋に廃寺となる。その後40年間祖師堂として維持されてきたが、大正11年(1922)には宗祖降誕700年記念事業として寺号を復活した。
 当寺はふたたび身延末に列して今日に至っている。現在は西谷法縁の寺である。本尊勧請様式は一尊四士であり、祖像は合掌印である。

当山復興2世 昌光院日誠上人 87年忌

2021、7、22

当山墓地の奥にある歴代墓地、正面には開山一圓院日脱上人はじめ御歴代の諸先師が居並ぶ。左側に独立して築かれた墓地がある。

当山復興第2世 昌光院日誠上人。昭和10年7月22日遷化。北村本雄上人 世寿50歳。このお上人の後を継がれたのが山田本秀上人(富士宮市長貫 長見寺へ異動)だった。この山田上人が建立したのがこの墓石であることはわかっていた。

ことし6月頃、熊本の山鹿市のお寺から「そちらに昌光院日誠上人というお坊さんがいたか?」というお尋ね。どこかで聞いたような戒名だったと…思い出したのが、なんとこの墓地のお上人さまだったというわけで。当山の古いお檀家で、もしかしたらご存じの方があったかもしれない。しかしながら87年を経過していること、お檀家も恐らく代が代わっているからわからないだろうと拝察している。

ということで、このお上人さんは熊本県山鹿市出身の本名は、山本本雄上人とおっしゃる。この山本家の方からのご依頼だったのである。このことを熊本のお寺に伝えると、早速山本家の方からお礼の便りが届いた。私自身も、何とも言えない法悦に慕った。

今日が、日誠上人の第87回目の祥月命日にあたる。万感の想いでご回向をさせていただきたい。

                                                          南無妙法蓮華経

縁壽稲荷堂祭典中止のお知らせ

2021.4.15本年度縁壽稲荷堂の祭典は、コロナ禍蔓延防止のため昨年度同様に住職と護持会長でつとめさせていただきます。日常がそうでなくなった時に、改めて「そのもの、そのこと」のありがたさが身に染みます。当たり前に当然のことと思っていたことが、実はそうでなかったということを知ったとき、私たちは何を考えどのような行動をするのかによって世の中は変わっていきます。「令顛倒衆生 雖近而不見」顛倒とは、ひっくり返った、転んだ衆生(わたしたち)のことで、心がひっくり返る、つまり捻じ曲がってしまったら世の中は正しく見えなくなってしまうというのが釈尊の教えです。雖近而不見とは、近くにあっても見ようとしないことを言います。コロナ禍2年目において、コロナウイルスの恐ろしさを知りました。それなのに未だ収束の目途が立ちません。わたしたちのひっくり返った心をまずはすべての人が取り戻すことが何よりも最優先にしなければならないということに気がつかない限りこの患難は乗り越えられないでしょう。お寺とは、人々が集まってこそ意義のある場所、つまり心の道場となります。また、釈尊の教えによりますと、この道場は此処であると同時に皆さんのいる場所や何処でも心の在り方によって道場と成り得るということを仰せになっています。もう少しの辛抱です。どうかそれまで、それぞれに精進してまいりましょう!

新調していただきました!

2021.3.20

この度、浄行菩薩堂の紫幕と提灯一対を吉岡真一総代に奉納いただきました。「浄行菩薩」とは、常に清浄な行いをすることで仏道に励む修行者のことです。

また浄行菩薩は、浄い清めることで、その人自身の苦しみやあらゆる痛みから解放されるという霊験あらたかな菩薩さまです。

妙覚寺では、まず水盤の水で痛みのあるある箇所を清め、タワシでこすります。最後にもう一度、水をかけて清めます。この時に大事なのは、南無妙法蓮華経とお題目をお唱え(念じること)ながらすることです。

お待たせしました!

2021.3.14

 昨年発生の新型コロナウイルス、依然収束の目途がありませんが、長福山妙覚寺お檀家はじめご縁の多き皆さん方にはいかがお過ごしでございましょう。

この度、兼務の圓恵寺ウェブサイトに妙覚寺に関する事柄やお知らせ的なことを伝えるページを設けました。今後は、何卒このページを末永く活用いただければ幸いと存じます。

コロナ禍により、圓恵寺、妙覚寺共に年中行事等が中止あるいは役員だけによって済ませております。そもそも、お寺は人々があつまりお経を読み、お題目を一生懸命唱える場所ですので人寄せは難しいと考えます。世の中が、コロナ禍で影響を受け変えていかなければならないことは仕方のないことでしょう。これまでも人類は疫病や、天災によって生活スタイルを見直したり、多くを学んできました。    苦しくて、辛いことの多いのが私たちのこの世の中です。お釈迦さまは「三界(私たちたちの生きる場所)は安きことなく、燃え盛る家のようなところ。諸々の苦しみが充満しているから、決して短絡的な考え方や行動をとってはならない」と、人間の愚かさを訴えています。

私たちは、今この時こそ一人ひとりが正しい考えと、正しい行動で生活をしていけば必ず世の中は安らかな時間を取り戻せるということです。

コロナ禍の中で、如何に生きていかなければならないのか、このことをもう少し真剣に考えていこうではありませんか。

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